2006年 05月 25日
続.恋話...再会 |
阿沙子が、夫と別れてから3年になる。
離婚の痛手から立ち直り、順一の顔もめったに思い出さなくなっていた。
けれど、今夜偶然、阿沙子の取引先の接待の席で、二人は再会してしまった。
順一の方はどうやら接待をされる側で、紺色のスーツを着た若いサラリーマン達に囲まれ、一番奥の朱赤のソファに座って酒を飲んでいた。
阿沙子は一瞬、自分の目を疑ったが、確かにそれが順一だと知ると、むこうに気づかれ無いように視線をそらし、自分で店の重いドアを押し開けると、足早に外に出た。
阿沙子は深々と取引先に頭を下げると、タクシーが見えなくなるまで見送り、その後、腕時計を見た。
次の瞬間、誰かが店から出てくる気配がして、振り向くと、そこには順一が立っていた。
「まさかこんなところで会うなんてね 元気にしているか?」
「.........」
「おかげさまで、女一人、なんとかやっているのよ。」
阿沙子は胸の高鳴りを押さえつけ、ようやく言い返した。
「さっき、きみが僕より遅れて店に入って来たとき、すぐに気づいたよ。まぎれもない、阿沙子だった。」
阿沙子の心臓は、まだ、うねるように音を立てたままだ。
「相変わらず、忙しそうだな、阿沙子は働き者なんだ。」
順一は、両方の手をポケットにつっこみながら、照れ笑いをした。
「そっちこそ、出世したんじゃない?」
二人はモダンなデザインの洒落たカウンターバーにいた。
バーテンダーの背後には、水槽が置いてあって、色とりどりの熱帯魚が泳いでいた。
さっきの店の前で順一が、中に戻る素振りをした時に、思わず、阿沙子の口から出た言葉。
「ねぇ、少し、話さない。」
何故、あんなことが口から滑り出たのか、今でも不思議だった。
「ヨコハマを..」順一が、二杯目のカクテルをオーダーする頃、阿沙子はようやく落ち着きを取り戻していた。
「私も、同じものを..」ヨコハマは、まだ二人が付き合い始めた頃、順一に教えてもらったお酒。オレンジ色をした、ほろ苦い、ショートカクテル。
阿沙子のヨコハマができると、今度は順一が、マンハッタンをオーダーした。
グラスを左手で持った順一がおもむろにつまみの皿に添えてあったパセリを掴み、 グラスの真ん中に浮かべ、「これ、セントラルパーク。」と、おどけてみせた。
阿沙子は、くったくのない順一を見て、二人が一緒に暮らしていた頃のことを懐かしく思い出していた。
まだ冷やかな部屋の中で、順一が耳元で囁いた。
「お前の横顔、色っぽかったよ、 口説かれたりするんだろうな。」
「あるわけないわ。」
「嘘つけ。」
以前、阿沙子には10歳年下の恋人がいたが、長くは続かなかった。
きっと、順一以上に愛することができる相手には、もう巡り会えないだろうと思っていた。
「服のままで...」と、阿沙子は言った。
「おい、おい 」順一は笑いながら、ネクタイを緩めたが、阿沙子が本気で言っているのが解ると、黙って、そのまま阿沙子を引き寄せ、強く抱きしめた。
「 私が一番、奇麗だった時の事を思い出して.....」
阿沙子がそう言うと、二人は床に倒れ込み、キスをした。
「想いを、抱いて欲しいのよ、......女は、身も心も一緒なの。」
二人は服を着たまま、最後まで重なり合った。
阿沙子と順一は、床の上に、背中合わせに座っていた。
「そろそろ、行くわね。」
阿沙子は静かに立ち上がると、膝丈のフレアスカートの裾をさっと直した。
ハンドバックを手に取り、前髪をかきあげながら歩き始める阿沙子の背中越しに、順一が叫んだ。
「こんな風になったって、べつに疾しいことは無いんだよ。だから誘った。......
悲しむ相手も無いってことだよ。俺、また、お前を探すかもしれない。」
阿沙子は、静かにドアを閉めた。
全身全霊で愛した男を、そう簡単に忘れるはずも無かった。
順一は、嗚咽しながら、阿沙子の全てを愛しく思っていた。
by tuyuno
離婚の痛手から立ち直り、順一の顔もめったに思い出さなくなっていた。
けれど、今夜偶然、阿沙子の取引先の接待の席で、二人は再会してしまった。
順一の方はどうやら接待をされる側で、紺色のスーツを着た若いサラリーマン達に囲まれ、一番奥の朱赤のソファに座って酒を飲んでいた。
阿沙子は一瞬、自分の目を疑ったが、確かにそれが順一だと知ると、むこうに気づかれ無いように視線をそらし、自分で店の重いドアを押し開けると、足早に外に出た。
阿沙子は深々と取引先に頭を下げると、タクシーが見えなくなるまで見送り、その後、腕時計を見た。
次の瞬間、誰かが店から出てくる気配がして、振り向くと、そこには順一が立っていた。
「まさかこんなところで会うなんてね 元気にしているか?」
「.........」
「おかげさまで、女一人、なんとかやっているのよ。」
阿沙子は胸の高鳴りを押さえつけ、ようやく言い返した。
「さっき、きみが僕より遅れて店に入って来たとき、すぐに気づいたよ。まぎれもない、阿沙子だった。」
阿沙子の心臓は、まだ、うねるように音を立てたままだ。
「相変わらず、忙しそうだな、阿沙子は働き者なんだ。」
順一は、両方の手をポケットにつっこみながら、照れ笑いをした。
「そっちこそ、出世したんじゃない?」
二人はモダンなデザインの洒落たカウンターバーにいた。
バーテンダーの背後には、水槽が置いてあって、色とりどりの熱帯魚が泳いでいた。
さっきの店の前で順一が、中に戻る素振りをした時に、思わず、阿沙子の口から出た言葉。
「ねぇ、少し、話さない。」
何故、あんなことが口から滑り出たのか、今でも不思議だった。
「ヨコハマを..」順一が、二杯目のカクテルをオーダーする頃、阿沙子はようやく落ち着きを取り戻していた。
「私も、同じものを..」ヨコハマは、まだ二人が付き合い始めた頃、順一に教えてもらったお酒。オレンジ色をした、ほろ苦い、ショートカクテル。
阿沙子のヨコハマができると、今度は順一が、マンハッタンをオーダーした。
グラスを左手で持った順一がおもむろにつまみの皿に添えてあったパセリを掴み、 グラスの真ん中に浮かべ、「これ、セントラルパーク。」と、おどけてみせた。
阿沙子は、くったくのない順一を見て、二人が一緒に暮らしていた頃のことを懐かしく思い出していた。
まだ冷やかな部屋の中で、順一が耳元で囁いた。
「お前の横顔、色っぽかったよ、 口説かれたりするんだろうな。」
「あるわけないわ。」
「嘘つけ。」
以前、阿沙子には10歳年下の恋人がいたが、長くは続かなかった。
きっと、順一以上に愛することができる相手には、もう巡り会えないだろうと思っていた。
「服のままで...」と、阿沙子は言った。
「おい、おい 」順一は笑いながら、ネクタイを緩めたが、阿沙子が本気で言っているのが解ると、黙って、そのまま阿沙子を引き寄せ、強く抱きしめた。
「 私が一番、奇麗だった時の事を思い出して.....」
阿沙子がそう言うと、二人は床に倒れ込み、キスをした。
「想いを、抱いて欲しいのよ、......女は、身も心も一緒なの。」
二人は服を着たまま、最後まで重なり合った。
阿沙子と順一は、床の上に、背中合わせに座っていた。
「そろそろ、行くわね。」
阿沙子は静かに立ち上がると、膝丈のフレアスカートの裾をさっと直した。
ハンドバックを手に取り、前髪をかきあげながら歩き始める阿沙子の背中越しに、順一が叫んだ。
「こんな風になったって、べつに疾しいことは無いんだよ。だから誘った。......
悲しむ相手も無いってことだよ。俺、また、お前を探すかもしれない。」
阿沙子は、静かにドアを閉めた。
全身全霊で愛した男を、そう簡単に忘れるはずも無かった。
順一は、嗚咽しながら、阿沙子の全てを愛しく思っていた。
by tuyuno
by bricolage
| 2006-05-25 10:01
| Slow Life